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霧ヶ峰の歴史と文化

霧ヶ峰の歴史と文化

霧ヶ峰から周辺を見ると、同じくらいの標高の山々のほとんどすべてが森林におおわれています。しかし霧ヶ峰には草原が広がっています。これは、霧ヶ峰では火入れや採草により植生の森林化が押しとどめられ、半自然草原が維持されてきたためです。


この半自然草原の歴史が縄文時代にさかのぼることが最近の研究でわかってきました。その歴史をとくカギとなるのが、黒ボク土とよばれる粒子の細かい黒い土です。黒ボク土は、火入れをともなう草原植生が長くつづいた場所に生成されてきたと考えられています。霧ヶ峰の草原の大部分がこの黒ボク土におおわれています。最近の測定で、この黒ボク土の生成のはじまりが、霧ヶ峰では約5,800年前にさかのぼる場所のあることがわかりました。

その後も草原を利用する歴史がつづきました。八島ヶ原湿原の南側にある旧御射山遺跡では、中世に騎乗の武芸をともなう祭祀がおこなわれたと考えられており、それを見物する桟敷としてつくられたとされる地形が残っています。また祭祀や饗宴につかわれた「かわらけ」とよばれる素焼きの土器が多く出土しています。また近世から20世紀の中葉にかけて、霧ヶ峰の草原は採草地として利用されていました。聞き取りによると、それらの草は牛馬の餌として利用され、また質の良い草を得るため4月下旬頃に火入れがおこなわれていました。草原への火入れは、景観の維持のため霧ヶ峰の一部では最近までつづけられてきました。このような人間活動により、霧ヶ峰では草原植生が維持され、氷期以来の草原性の生物相が維持されてきたと考えられます。